第2206号 1996年9月9日

Vol.11 No.7 for Students & Residents

医学生・研修医版[7]1996. SEP.


家庭医の実際を体験する
川崎医大の院外実習

必修 3日間 地域の診療所へ

 川崎医科大学では今年から,医学部6年次の総合臨床医学実習に含まれる院外実習を,3日間に拡大して行なっている。この院外実習は昨年スタートしたもので,当初は1週間の総合臨床医学実習のうち1日のみだったが,今年度から同講座の実習が2週間になったのを機に,そのうちの3日間を院外実習にあてることとなった。実習は岡山県内4か所の診療所に毎回1~2名の学生を割り振って実施される。
 本号では,全国でも先駆的な院外実習必修化の試みを取材。将来に向けた家庭医学教育の方法を探ってみた。

すべての学生に必要な実習

津田司氏(川崎医大総合診療部教授)に聞く


・・まず院外実習必修化の意義について聞かせて下さい。

津田 私は,医学教育は職業教育ですから社会のニーズに合わせた教育をしなければならないと考えています。将来に向けた社会のニーズを考えれば,専門医の教育を充実させると同時に,家庭医(プライマリケア医)の教育も必要です。

家庭医の3つの役割

津田 私たちが考える家庭医には3つの柱があります。1つは患者個人に対するケア,そして家族指向のケア,さらに地域指向のケアです。要するに,病気を治すだけの医師ではなく,地域住民の健康維持のお手伝いをする,予防から福祉までを視野に入れる医師が家庭医だと考えています。この考え方は世界的な動向です。
 そこで家庭医の教育ですが,努力をしてきましたが大学病院の中で行なうにはやはり限界がありますね。実際の現場に行って,地域でどういうことを実践しているかを学生に見聞きさせないと本物の教育にはならない。そう考えて,大学病院と地域の両方での家庭医教育を構想しました。
 さきほどの3つの役割のうち,特に地域指向のケアについては,大学病院の中だけの教育ではかなりの部分が欠落します。地域での医療には,住民との関わりや地域資源を利用していくことも必要です。これからの高齢社会では,地域資源の活用を知らなければ困るでしょう。それらは地域に出てみないと実感できません。

医師として最低限必要な学び

津田 卒前の医学教育は,医師として最低限必要なことを教えるところですね。となると,どういう方向に進む人でも,医師として必要な基本的役割は実習できちんと学ぶ必要があります。
 医師の仕事の中でも,家庭医が担う範囲には非常に重要な部分が含まれます。卒前にその基本的な業務を実習で学び,それらを踏まえ,専門医の勉強をして専門医になる,あるいはさらに家庭医療を学んで家庭医になることが必要なのです。
 また,特にこれからは専門医と家庭医の連携が必要になります。将来専門医になっても,家庭医がどのような実践をしているかを知っておかないと,お互いに協力し合うのは難しいですから,専門医になる人こそ,卒前に家庭医について学ぶことが不可欠だと思います。

地域医療に積極的な実習施設

津田 実習の受け入れ先の決定についてですが,まず,やはり自分たちの考えを実践できる拠点が1か所は必要だということで,2年前にモデルクリニックである奈義ファミリークリニックを奈義町(岡山県)にスタートさせました。
 そして,奈義町での実習はスタートできそうだけれども,1か所だけでは学生が1回につき7人も行くことになるので,他にできるところがないかと考えたのです。幸いなことに地域を念頭に置いた開業をしているすばらしい診療所があり,受け入れを頼んだところ快く引き受けて下さって,昨年からスタートできました。
 実習先は,奈義ファミリークリニックの他に青木内科小児科医院,かとう内科診療所,乾医院の計4か所です。それぞれ特徴がありますが,すべて在宅ケアを実践しておられますし,老健施設や在宅介護支援センターを持っていたり,訪問看護,デイケアなどに取り組んでいる施設もあります。先生方は非常に熱心で,教育にも関わりたいとおっしゃっています。実習は,7人のグループを4か所に割り振って,1施設に1~2人の学生が行くようになっています。
 実習先の先生方には現在まったくのボランティアで協力していただいています。しかしそれでは申し訳ないので,金銭的,あるいはせめて何らかのタイトル・・臨床教授のような・・が必要だと考えています。

「地域包括医療」の重要性を学んでほしい

津田 実習先の診療所で学生に学んでほしいことは,さきほどの3要素のうち,大学病院ではできないことです。これからの高齢社会では,医療と保健と福祉が合体した「地域包括医療」が重要なのだということを理解してほしいと思います。
 実習では,見学ではなく実際にその中に入り込んで,血圧測定や,入浴や食事の介助,予防接種の介助など,できるかぎりのことをさせています。また往診や外来診療もほとんどのところで手伝っています。看護婦さんをはじめ様々な職種の方の仕事もなるべく見られるようにしています。
 実習終了後に学生の感想を聞くのですが,ほとんどが「大学病院と違う医療があることがわかってよかった」と書いています。中には,自分には必要ないという感想を書く者もいますし,国家試験のことを考えるともう少し早い時期がよいと書く学生もいます。何年か続けていくうちには形が変わっていくかもしれません。
 昨年は,総合診療実習が1週間だったので,家庭医実習はそのうち1日だけでした。それでもだいぶ学生にはインパクトを与えたようですが,3日間になってからはいっそう印象が強いようですね。それまで大学の中しか見ていなかったのですから。できればモデルクリニックをもっと増やして,より早い学年でも診療所ヘ行くことができるようにしたいと思っています。

専門医と家庭医の協力は必須

・・診療所実習を始めたいと考える大学にアドバイスはありますか。

津田 実習先の診療所の活動内容にあまりにもばらつきが大きいと問題だと思います。教育ですから,ある一定の基準を決めてそれを満たしたところに協力をお願いすべきだと考えます。
 すべての医学部・医科大学が社会のニーズに合う医師を育てようと考えるならば,当然,専門医の教育のみでは片手落ちであり,同時に家庭医教育が必要になります。乗り越えるべきものはいろいろありますが,それを言っていたらなかなか実現できません。学内にスタッフを置いて統括するようなシステムを作り,そこを拠点とするのがよいと思います。
 私たちがこの実習を始めたのは,社会のニーズに合った教育を考えているからであって,単に開業医の養成に力を入れているということではありません。要するに基本にあるのは,これからは専門医と家庭医が協力し合ってよい医療システムを作っていかなければいけないということです。それにはお互いの仕事の基本がわかるような教育が必要です。大学の中だけではなく,やはり地域に出ていって,家庭医の実際をきちんと学ぶことが大切ですね。


●院外実習の受け入れ施設と実習内容

奈義ファミリークリニック
・外来,在宅ケア,公的保健活動(予防接種など),デイケアなど
・特別養護老人ホーム,在宅介護支援センター,老人保健施設と連携

青木内科小児科医院
・外来,入院,在宅ケア,デイケア,リハビリテーションなど
・老人保健施設,訪問看護ステーション,在宅介護支援センターなどを併設

かとう内科診療所
・外来,入院,在宅ケア,デイケアなど
・訪問看護ステーション,在宅介護支援センターを併設

乾医院
・外来,在宅ケア,デイケアなど
・特別養護老人ホーム,老人保健施設連携


まったく違う角度から医療を体験できる

伴信太郎氏(川崎医大総合診療部助教授) に聞く

この実習に対して学生は,総じて「それまでの病院内実習とまったく違う角度から第一線の医療が経験できた」という感想を持つようです。また開業医の家庭に育った学生の中にも,開業医の果たす役割にあらためて気づいたという者が多い。地域の診療所の実際を体験する機会はこの実習以外にはありませんから,新鮮なインパクトがあります。それこそがこの実習の大事な点だと思います。
 イギリスやオランダの医科大学では卒前の診療所実習が必修です。先日両国を訪れた際に聞いた大学の教官の意見は,「むしろ,卒後は家庭医学に触れる機会のない専門医になる人たちにこそ実習を受けてほしい。家庭医から専門医へ紹介された患者がその前にどのような医療を受けてきたかを知っていることは必要だ」というものでした。日本でもすべての大学でこのような実習が受けられることが望ましいと思います。(談)


現在の医学教育に必要なもの

勝村達喜氏(川崎医大学長) に聞く

 今日の医学は,領域が細分され専門化が進み,その一方で「病気」と「人間」が遊離し,医師は疾病のある面のみを追求してしまう傾向があるようです。特に専門医に見られることですが,聴診器を持っていない医師が非常に多い。私は常々「医師であるものは聴診器を持て」と考えています。1人の患者をみるとき,まず問診から始まり,それから視診,聴診や触診と進めていく,それが患者をみるルールなのです。
 そこで学生のうちから,第一線で活躍する診療所の先生や,ホスピスに携わっている先生のもとで,患者にどのような態度で,またどのような方法で診察しているのかを学んでもらいたい。また,医学教育で一番重要である「医師の態度と心」を学んでほしい。家庭医をめざす学生はもちろん,専門医となったとき「自分の専門領域だけに走ってはいけない」という自覚を与える,またチーム医療の重要性を認識してもらうとの観点から,本大学の学生全員に診療所実習の機会を持ってもらっています。     (談)