(前回,2512号よりつづく)
〔第20回〕崩壊するプロ組織(2)
ダナ・ファーバー癌研究所の事故
当時のダナ・ファーバー癌研究所の臨床部長はリビングストン博士でした。彼は「細胞周期と癌化」の基礎研究領域では世界的に有名で,毎年のように「Cell」「Nature」といった有名科学雑誌に名前を連ねるほどの科学者でした。しかし,患者さんを診ることもなければ,病棟や外来の現場を訪ねて回るようなこともありません。そして,その必要もないと感じていました。なぜなら,自分に臨床の経験がないことを十分に知っていましたし,何もしなくても病棟のスタッフで臨床のすべてをうまくやっていたからです。
ダナ・ファーバー癌研究所の病棟には大量化学療法,あるいは骨髄移植の必要のある患者さんが入院していました。輸血を含めた簡単な化学療法は基本的に外来で行なわれます。教授は各々大小の自分のラボを持っていて,インパクトファクターの高い科学雑誌に論文を書き,「NIH」のグラントをとることに精を出します。なぜなら,それが大学でのポストを維持する道だからです。彼らは,外来で患者をフォローしつつも,年に1-2か月病棟回診します。回診は午後1時から週末を除いて毎日行なわれますが,大きな問題を扱うのみで注射伝票や薬量などの細部までチェックすることはありません。
東海村臨界事故
1980年に設立された「JCO」は住友金属鉱山の100%出資子会社でした。事故は現場スタッフのミスにあったのですが,その背後には自由競争からくる圧力と科学技術庁原子力安全局の安全審査基準の甘さにありました。科技庁は事故発生前7年間も検査を行なわず,書類審査も事業開始時および書類変更時のみでした。また会社内の核物質に関する教育も強制ではなく,臨界状態の際の対応についても指導をしていませんでした。このような上層部の現場まかせの体質下では,今回の事故は起こるべくして起こったとも言えましょう。
ダナ・ファーバー癌研究所
ダナ・ファーバーでも,多種多用の臨床試験プロトコールが走っていました。ダナ・ファーバーではレジデントを採用しておらず,働き手はクリニカル・フェローのみです。クリニカル・フェローはレジデント同様,朝から晩まで病棟でよく働きます。世界的に有名な癌センターですから当然かもしれません。100倍以上の競争を勝ち抜いた医師でも人間ですから間違いは犯しえます。ましてや疲れていれば……。
インストラクター,アソシエイト・プロフェッサーなどのスタッフは,普段グラントや論文書きに忙しく,患者診療のほとんどはクリニカル・フェローの双肩にかかっている状況でした。スタッフが,大学などによいポストを得るには研究業績が大切です。インパクトファクターとは,ある雑誌の1つの論文が平均,他雑誌にどれくらい引用されているかを示すスコアです。このスコアを伸ばすには,患者さんを診るよりも研究室にこもって実験するほうがずっと効率的なのです。
仮に,クリニカル・フェローの上司が,大学にポストを得ようとして研究ばかりをしていて病棟に来ない人物だったとしたらどうでしょうか?
相談をしても,トンチンカンな回答のみで,文句は言うけれど,苦労を分かち合うことは決してしなかったとしたらどうでしょうか?
やがて,フェローと上司の間には溝ができ,患者さんの具合が悪くてもフェローはその上司に連絡をとることはなくなります。最後には,「自分たちは患者さんからはありがたがられる存在だが,所詮は使い捨てだ」といったマイナスの自意識が高まります。
東海村JCO
東海村JCOは自己流の典型でした。1993年1月からステンレスバケツを使用しはじめ,1996年11月からは「裏マニュアル」を作成したと言われています。
現場スタッフは「上層部に相談しても,何もわからないし時間のむだである」と決めつけ,一方上層部は,「何を言われてもわからないし,彼らにまかせておこう」という潜在意識もあって,暗黙の了解で事業が進んでいました。その証拠に,93年1月からステンレスバケツを使用しはじめ,96年11月からは裏マニュアルを作成しています。会社内では裏マニュアルが公然とまかり通る体質にあったのです。
上記した3件を見る限りでも,「上層部と現場との目に見えない溝」や「現場プロ・スタッフによる自律的組織運営」が事故の根底にあったように思われます。いずれも表面的にはうまくいっている組織でしたが,舞台裏の現場スタッフは大変な状況であり,そして結果的には最悪の事故につながってしまったのです。
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